序文

個別労働関係紛争判例集

※個別労働関係紛争判例集は個別事例について法的なアドバイスをするものではありません。
具体的なご相談は、厚生労働省「総合労働相談コーナー」新しいウィンドウなど行政機関等の相談窓口にお尋ねください。

1.はじめに

本書の原型は、2001年10月に刊行された『個別労働関係紛争判例集』である。労働紛争の多くが個別労働関係において生じるようになったのは80年代まで遡ることができるが、当時はまだその解決システムが整っておらず、また個別紛争について解決のよりどころとなるツールもほとんど見当たらなかった。

そこで、当時の労政事務所等で労働相談に応じる職員の便宜をはかり、また労働現場で実際に労働紛争に直面している個々の労働者や企業の人事担当者にとっても参考となるような資料を提供することを目的として、『個別労働関係紛争判例集』が刊行されたのである。幸い、この資料は好評をもって迎えられ、多くの人々に利用されたが、同時に、もう少し読みやすく、また使い勝手をよくするための工夫も要求されるようになった。その後スタイルや中身を何度かリニューアルし、2005年3月には『職場のトラブル解決の手引き 改訂版』が刊行された。これが本書の直接の前身である。この本は、2003年3月に公刊された『職場のトラブル解決の手引き』をアップデートして、いっそう時代に即した内容に改めたものであり、日本で働くすべての労働者と、経営に携わる人々、および家事従事者やフリーター、アルバイトの学生などまで含めた幅広い層のニーズに答えるべく、職場で起こるトラブルを解決するにあたっての法的視点をできるだけわかりやすく、かつ簡明な形で提供するという目的をもって刊行されたが、その目的は幸いにもかなり果たしえたといえる。

本書は、こうした経緯を踏まえ、前書と同様、2002年に制定・施行された「個別労働紛争解決促進法」にもとづき労働局の相談業務に携わる担当職員に、いわば「バイブル」として用いていただけるだけの質をも確保するとともに、労働審判を担当する労使の審判員にも、適正な審判手続をするための最も基本的な参考ツールとなるよう心がけた。さらに本書は、前書の特徴であった「日本版判例リステートメント」としての内実をいっそう深めるよう留意している。判例リステートメントというのは、テーマごとに参考となる判例を示してそこで形成された法理を整理したもので、主としてアメリカで発達した。判例法理を特に重視するアメリカでは、一般的に用いられて広く普及しているが、日本でも、経済状態の急速な変化や労使関係の変容により職場でのトラブルが激増している現状の中で、同様のツールが必須であることは言うまでもない。周知のように日本における労働関係の法ルールは、労働基準法や労働組合法などの実定法の整備にもかかわらず、特に個別的労働関係法の領域においては判例法理がなお中心的な位置を占めている。2007年暮に制定され、2008年3月より施行されている労働契約法も、その制定の意義は大きかったものの、わずか19条で構成される内容はごく狭いものでしかなく、判例法理の役割に代わりうる内実を示すことはできなかった。

判例法理の意義は今なおきわめて重要であり、たとえば労働契約の締結過程において使用者には採用の自由が認められるかといった根本問題も、実際に思想信条を理由とする採用拒否が憲法問題にまで到った経緯があるにも関わらず、労働契約法も含めて労働法制は沈黙を守ったままである。そして、採用内定の意義とその取消しの効果、試用期間の意義と本採用拒否の効果、配転及び出向など人事異動の法的意義、休職や休業の労働契約上の意義、競業避止義務、退職金や企業年金の法的機能といった問題について、すでに膨大な判例が蓄積されているが、いずれについても明確な実定法上の規制は存在しない。したがって、今後も日本では、「判例労働契約法」という分野が必須なのであり、むしろその適切な形成が、上記労働契約法の発展にも寄与するであろう。そして本書は、まさにその形成のための先駆を担うことも意図している。以上のような目的を達するため、本書では、全体を103の項目に分け、およそ考えられる個別労働紛争のうち、その解決にどうしても法的な観点が必要となるものを列挙して、参考判例を紹介し、司法の考え方をわかりやすく解説して、適正な解決の道筋を示すこととしている。労働法を解説した簡便な類書はたくさんあるし、行政の立場からの法令の解説書も少なくない。その中で、本書がなぜこのような新しい方法を採用したのかをご理解いただくためには、日本社会における雇用ルール自体が巨大な変貌をとげつつあることに注目していただく必要があろう。

2.最先端の雇用ルールと紛争解決のありかた

雇用システムの新時代が指摘されるようになってすでに久しい。重化学工業を中心とした産業構造がサービス化・ソフト化の方向に大きく移行して就労形態が変化するとともに、資本・人間・情報のグローバルな移動の加速化が実現することにより国際競争が激化し、それに伴って企業の経営政策と人事管理のあり方も急速に様変わりを見せるようになった。特に、21世紀になってからの企業組織の再編とグローバル化の進展は、人事制度についても国際標準の必要性を認識させるようになっている。

他方で、職場における男女平等の徹底や少子高齢社会の到来により企業内の人事構成が大きな変化を余儀なくされているだけでなく、高度成長時代に確立した日本企業の典型的雇用システムとしての「終身雇用」、「年功制賃金」、「企業別組合」のいわゆる「三種の神器」が大きくその機能を減じ、代替機能を有する新しいシステムが不可欠であるという認識も高まっている。

たとえば、パートタイマーや人材派遣、期間雇用や契約社員など、従来は「非正規従業員」という呼称の下に総括されて、正規従業員に対する補助的機能を期待されていた雇用形態が、基幹的役割も含めて質量共に拡大しつつある中で、従来の終身雇用慣行に代わる汎用性のある雇用制度の構築が急務となっている。また、正規従業員については、競争力強化と生産性向上のための能力主義・成果主義が浸透し、賃金制度もそれに応じた変更が急がれているが、他方では企業が従業員構成に占める正規従業員の切り詰めに走るあまり、過重労働が横行して心身の健康を害される労働者が増加し、職場の空気に余裕がなくなっていじめやパワーハラスメントなどの問題も目立つようになった。労働組合は、かつては会社丸抱えの正社員組合であるのが通常であったが、合併や分社化、分割や倒産といった会社組織自体の流動化に加え、非正規従業員の激増などによってその影響力は著しく縮小し、反転攻勢の契機を模索している状況である。

要するに、21世紀初頭の日本の雇用社会は、少なくとも第二次大戦後最大の変貌を遂げつつあると言っても過言ではない。そうであるならば、雇用をめぐるルールのあり方も、時代の変化に応じた抜本的な改革が必要になることは必定である。実際、ここ数年の労働法制の改正は目まぐるしく、その傾向に一区切りがつくまでにはなおしばらくの時間が必要であると思われる状況である。

労基法の大きな改正が続く契機となったのは、1987年の労働時間部分の抜本的な改正である。それは、三種類の変形労働時間制やフレックスタイム制、みなし労働時間制などのメニューを備えた労働時間の弾力化を実現するものであり、また年次有給休暇の取得要件を緩和したり、計画年休制という新しい制度を設けるなど豊富な内容を有していたが、最も重要な目的とされたのは、最長労働時間の短縮であり、それまでの週48時間制が、10年間かけて40時間に短縮された。上記の弾力的労働時間制も、労働時間短縮に資するという理由が改正の論拠として強調されていたのである。このように、労働条件の内容そのものを法によって厳格化し、それを時間をかけて段階的に浸透させていくという法改正の手法は、しかしながら、この後には大きく転換することとなった。その象徴的存在が、85年に制定され、97年と2007年に大きな改正を施された男女雇用機会均等法である。この法律は、労働条件の内容そのものを直接に規制することよりは、男女の間の格差を解消するためのさまざまな手段を提供して、性を理由とする差別的取扱いを企業社会から放逐しようとすることが主眼であった。男中心社会が根強く維持されていた日本では、85年の制定当初はこの法律も強力な効果を盛り込むことができず、事業主に対して男女の平等取扱いをするよう努力義務を課するにとどまっていたが、女性の活躍が雇用社会に欠かせない状況になってくると、これのみでは不十分であることが共通の認識となり、97年の改正では、努力義務を解消して、雇用の各基本ステージ(募集、採用、配置、昇進、教育訓練、退職等)のすべてについて男女の差別取扱いが端的に禁止された。さらに2007年の改正では、法の基本的な考え方自体が、「劣位に置かれた女性を男性と同等に引き上げる」ことから、「男女の別にかかわらず性による差別を解消する」ことに大きく変わり、差別禁止が男女双方を対象とされるようになった。また、ワークライフバランス(WLB)の要請に応えて、女性の妊娠.出産に伴う就業上の不利益を防止するための諸措置も盛り込まれている。

一方、この雇用均等法の制定から改正の経緯にも見られるように、日本の個別的労働関係に関する法規制の基本姿勢は、労働条件の直接的規制による個々の労働者の保護という観点から公正な土俵の確保という視点への転換も意図するようになっている。そして実際、20世紀末からの雇用に関する法改正は、このような公正な土俵の確保という観点から行われることが多くなった。たとえば、98年の労基法改正では、みなし労働時間制の一環として認められていた裁量労働制について、それまで特別な専門的能力を有する労働者についてのみ認められていたものを、企業の企画立案部門に働くホワイトカラーの一部にも拡大することとしたが、その要件として、労基法においては初めて、世上労使委員会と称される労使共同の協議決議機関の設定を求めている。また、上記の労働契約法の制定は、個別労働関係における法規制の転換点を象徴的に表している。すなわち、個別の労働関係を対象とした法改正の傾向は、明らかに一定の方向性を有しているのであり、それは、「規制と団交」を主軸とした従来の「固い」法規制から、「契約と参加」を柱とする「柔らかい」法規制へという方向であって、そのためのソフト・ランディングが模索されているといえよう。

新しい法規制は、個別労働関係が「契約」によって形成されるという原点に立って、およそ契約関係は当事者の合意によって成立し、かつ展開するという原則を生かした形になることは間違いない。具体的には、法はいわば「土俵を設定」し、「ルールの遵守」を求めることを主眼として、これまでのように「結果への介入」という役割を減じることが必要であるということになろう。一例をあげれば、これまで労働基準法は、たとえ合意の上でも労基法所定の基準を下回る労働条件は許されないという理念を踏まえ、たとえば労働時間のように仕事の態様の違い(たとえば工場の現業労働者と企画部門のホワイトカラー)に応じて大きな相違が存する労働条件でも一律の規制を行ってきた。しかし、1987年の労働時間規制の抜本改正以降、労働時間についてはできるだけ実態を反映した合理的な規制を、それも労使協定や労使委員会決議などを通した当事者の合意をふまえて実現するよう努力が継続されている。また、期間雇用を目的とする労働契約についても、従来は期間を定める場合の当該期間は、原則として1年とされていたが、2003年の法改正により3年及び5年という期間の範囲の中で、選択肢が拡大され、期間雇用の内容も当事者の選択の幅を広げることとされている。法規制のあり方のこのような変化により、個別労働紛争の解決のあり方も大きく変化している。すなわち、最終的な紛争解決機関が裁判所であることは変わらないものの、従来は労働条件そのものが集団的に形成されていたため、賃金や労働時間など重要な労働条件のほとんどは労働組合と使用者(団体)との団体交渉が一般的な基準を定め、個別の労働関係については最低基準を下回らないよう労働基準監督署が各事業主を取り締るという態様が想定されていた。しかし、雇用形態の多様化の中で労働条件も集団的決定の余地が少なくなるばかりではなく、労働組合の機能低下も著しい。他方ですでに世界でも有数の賃金水準を達成した日本では、単に労働基準監督官が事業主を取り締り、監督する、というだけでは対応できない性格のトラブルも重要な問題と意識されつつある。職場のいじめやセクハラ、あるいは整理解雇や労働条件の不利益変更などはその典型であろう。これらは、法律の適用で一刀両断に解決できる性格のものではないし、労働組合が団交で解決することが常に適切な結果を導くとも限らない。それぞれの事態に即した柔軟な解決が、しかも法的な根拠をもってなされる必要があると言える。そうすると、個別労働紛争の解決のためには、法律や労働組合の力だけではなく、労働関係が契約にもとづくことを踏まえたケース・バイ・ケースの柔軟な対応ができる手段が不可欠となろう。2002年秋以降施行されている個別労働紛争解決促進法による労働局の対応はその典型であり、年間50万件を超える相談が窓口に寄せられている実態は、裁判所の手前での適切な解決がいかに必要かを示しているといえる。さらに、2006年から始まった労働審判制度においては、地方裁判所に労働審判員会を設け、裁判ではなく労働審判という新しい個別労働紛争解決制度が導入されたが、これは裁判官である労働審判官と、労使それぞれから選出された審判員の3名で構成される労働審判部が、原則として3回の審理で審判を下すという新しい紛争解決制度であり、その役割は徐々に拡大している。

しかしながら、個人が上記のようなワンストップサービスの窓口を利用するに際しても、また迅速な法的解決としての労働審判の申し立てを行うにしても、適切な対応を導き出すためにはある程度の基礎的な知見が不可欠である。そして、そのような知見を得るには、前述のように日本の労働法制が果たしうる余地が、今なお必ずしも十分ではないという現実を踏まえなければならない。実定法の規定にいかに通じていても、それによって解決可能な紛争はきわめて少数であるという予測が成り立つ。そこで、ケースに応じた法的解決に関する基礎的な知見を獲得するための最も有効な手段は、これまでの同種ケースに関する判例法理の理解であるといえる。本書がめざしているのは、まさにこのような目的で使用される個別労働紛争解決の手引きとなることである。実定法が一応の対象としている局面においても、法律の条文を読むだけでは結論の得られない難問は少なくない。このような場合、個別ケースごとに具体的な解決を与えてきた判例法理を参照することで、適切な解決の糸口が見出されることがしばしばある。その意味では、これからの職場のトラブルを、労使共に後顧の憂いなく解決するには、ケースの特性に応じた判例法理の理解が不可欠になると言っても過言ではない。

3.判例法理の意義

法令の条文や行政の解釈例規ではなく、判例を問題解決の手引きとすることが、現代にあって有効であるもう一つの理由は、判例法理は法律の厳格な規定の「隙間を埋める」役割を果たしていることである。現代社会の変化のめまぐるしい早さは、安定性を主要な原則の一つとする法律の機能が十分に発揮できない結果をもたらす。そこで、法的安定性という要請を尊重しつつも時代の変化に即して法ルールの具体的あり方を示す判例法理の機能は、いっそう重要性を増している。

この判例法理の機能は具体的には三つほどの役割に代表されよう。第一に、そのままでは分かりにくい法文の解釈基準を提供することである。たとえば、労基法32条第1項は、「使用者は労働者に、休憩時間を除き一週間に40時間を超えて、労働させてはならない。」と規定し、同第2項では、「一週間の各日については…休憩時間を除き一日について8時間を超えて、労働させてはならない」と定めているが、いったい何を労働者にさせた場合に、40時間ないし8時間を超えることが違法になる「労働」をさせたこととみなされるのか、言い換えれば労基法上「労働時間」とは労働者が何をしている時間をいうのか、という基本的問題に、労基法は解答を与えていない。そこで過去には学説と判例が入り乱れて多くの見解を生み出してきた。ある見解は、いつの時点で労働者が遅刻とみなされ、また早退とみなされるかを基準とすると主張し、またある見解は、当事者意思を尊重して労使が労働時間として合意している時間を労基法上も労働時間とみなすという判断基準をしめした。これらの考え方は、いずれも実態に即して一定の説得力を有する内容であったが、何よりも刑罰規定である労基法32条の解釈が、当事者の意思によって左右されるという難点を払拭できなかった。たとえば、ある時間帯が労働時間であると認められればその日の労働時間が全体として8時間を超えてしまうという場合、その時間帯が労働時間であるか否かによって、使用者が刑事法規としての労基法32条に違反したか否かが決まることになる。このような場合に犯罪を犯したか否かが当事者の意思によって左右されるという結果は適切ではない。刑事法の原則は、そのような恣意的な解釈の排除を要求しているからである。そこで、労基法上の労働時間は労働契約の解釈と取引慣行によって客観的に定めるという見解や、労働者が使用者の指揮監督の下にある時間をいうといった考え方も示されるところとなった。要するに、労基法上の労働時間とは何かという最も基本的な問題さえ、多様な解釈が頻出して紛争の解決に資する明確な判断枠組みが定着し得ないという状態が続いていたのである。

これに対して、2000年以降最高裁は、まず現場作業のための労働安全衛生法上の保護具の着脱や工具の受け渡し等の準備・後始末作業が労働時間に含まれるか否かが問題となった事案において、労基法上の労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を」いうとして、解釈の明確な基準を示した(三菱重工長崎造船所事件 最一小判平12.3.9 労判778-11)。さらにこの判決においては、たとえある作業が所定労働時間外に行われることとされていても、労働時間であるか否かは労働契約や就業規則等の定めによることなく客観的に定められるべきものであるゆえに、それが労働時間と認められることがありうることとされた。これにより、労働時間か否かが不分明な時間帯についてトラブルが生じた場合、とりわけ当該事業所の所定の始業時刻に行われる準備作業や所定の終業時刻後に行われる後始末作業に費やされる時間についての紛争は、上記の最高裁判決に即した解決が可能となったといえる。

さらに最高裁は、休憩ないし休息時間が労働時間とみなされうる可能性についても判断を示し、業務上の義務付けがなされていれば、たとえ実際には当該業務につくことがなかったとしても、当該休憩時間ないし休息時間は労基法上の労働時間とみなされると述べ(大星ビル管理事件 最一小判平14.2.28 民集56-2-361)、休憩時間ないし休息時間と労働時間の区別の基準についても一定の解決が示されたのである。もちろん、労基法上の労働時間と認められることによる法的効果は、労働時間性をめぐるすべての紛争に解決を与えるものではない。たとえば、ある時間帯に賃金が払われるべきか否かは、少なくとも一義的にはそれが労基法上の労働時間にあたるか否かとは別の問題である。しかし、労基法上の割増賃金が支払われるべきかどうか等の、具体的な現実問題について法的解決の道筋が示されたことの意味は極めて大きいといえよう。

第二に、判例法理は一定の法ルールを創設する機能を果たすことがある。これは「法律の隙間を埋める」という判例の機能が最も端的に表れる場面である。たとえば、日本の多くの企業で労働者の処遇や規律の根拠を提供している就業規則については、労基法はその制定義務を使用者に課した上で、就業規則に記載された基準を下回る労働契約がその部分について無効となり、無効となった部分は就業規則で定める基準による旨を規定していた(旧93条。現在は労働契約法12条に同じ内容が規定されている)が、従来から頻繁に紛争を生ぜしめている「就業規則の改訂による労働条件の不利益変更は、どのような条件を満たせばこれに同意しない労働者をも拘束するか」という問題には全く応えていなかった。そこでこれについても学説の活発な議論が展開されただけでなく、最高裁も大法廷判決を始めとして繰り返し検討を重ねてきた。まず最高裁は昭和43年(1968年)の早い段階で、就業規則はその内容が合理的である限り当事者を拘束するという性格を有しており、就業規則規定を労働者にとって不利益な方向に変更する場合も、それが合理的である限りはこれに同意しない労働者も変更後の規定に拘束されるという判断基準を示した(秋北バス事件 最大判昭43.12.25 民集22-13-3459)。しかし、そもそもそこでいう合理的であるとはいかなる意味なのか、またなぜ合理的であれば当該就業規則規定に反対の労働者も拘束されるのか、という問題には大法廷は答えていなかったため、その後も長い間、同じ問題に関する互いに内容の異なる裁判例が頻出し、混乱の収拾に時間が費やされたのである。しかし、やがて最高裁はいくつかの裁判例において上記の「合理的である」ということの意味について具体的な内容を示し、現在では、第四銀行事件判決(最二小判平9.2.28 労判710-12)が示した総合的な判断基準がほぼ定着している。これは、「就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮」するという、やや複雑で煩瑣な印象を与えるものであるが、しかし少なくとも、就業規則の改定による労働条件の不利益変更というきわだった局面において、法的解決の指針が示されたことは間違いない。これは、法律に記載することが困難ではあるが一定の法ルールは必要であるという局面につき、判例が法ルールを創設することで「法律の隙間を埋める」役割を果たした好例である。そして、就業規則による労働条件の不利益変更をめぐる裁判所の努力が、労働契約法10条に結実し、「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則の定めるところによるものとする。」との条文が誕生した。これによって、就業規則による労働条件の不利益変更については実定法上の解決基準が一応は示されたといえるが、しかしこの条文の内容についてもなお不分明な点が多く(判例法理に示された判断要素のうち一部しか取り入れられていないこと、合理的か否かの判断における各判断要素の具体的な取扱いなど)、それらについては再び判例法理の形成が待たれるのである。

第三に、判例法理は、法律による法ルールを一定の範囲で修正する機能を果たすことがある。たとえば、日本では使用者による労働契約の一方的解約である「解雇」は、長い間、法律の条文だけから判断すると特に「正当な理由」や「合理性」などは要求されず、基本的には自由になしうると考えられていた。労基法施行後も適用されている民法627条は、期間の定めのない雇用契約の当事者はいつでも(特別な理由を必要とせず)当該契約を解約できると明記しており、それを一般的に否定する特別法規は存在しなかったからである(労組法や均等法には、限定的な制約は定められていた)。しかし、戦後の混乱した労働事情や高度成長期に定着したいわゆる「終身雇用制」などの影響から、日本では、解雇をそのまま自由に認めることが妥当ではないとの考え方が強まり、法律上の解雇自由の原則を修正するような判例法理が発達した。これが著名な「解雇権濫用法理」と称されるもので、解雇は「客観的に合理的理由」と、「社会通念上の相当性」がなければ権利の濫用として無効となるとの基本的な判断基準(日本食塩製造事件 最二小判昭50.4.25 民集29-4-456)と、就業規則に列挙された解雇事由に該当する解雇であっても解雇は自由にはなし得ないとする補強的な判断(高知放送事件 最二小判昭52.1.31 労判268-17)により定着した。

この判例法理は、実定法上の原則を変更する機能を果たすこととなったが、ただ日本の企業社会に定着していた社会規範に正面から反するルールを強制したわけではないことも留意する必要があろう。すなわち、日本の大企業を中心とする企業社会には、強大な人事権と雇用保障とがトレードオフの関係において均衡している、という暗黙の了解があったことは否めない。具体的には、めったなことでは解雇されないという会社への信頼があったことが、高度成長期のサラリーマンの高いモラールと強いロイヤリティーの重要な基盤であったのである。換言すれば、このような社会的実態があったからこそ、一見実定法の原則に反するような判例法理も、裁判規範としてのみならず社会規範としても一定の機能を果たし得たと言える。そしてこの解雇権濫用法理は、2003年の労基法改正において18条の2として実定法の条文となり、その後労働契約法16条に移転した。これは社会の実情に即して裁判所が法律の見かけ上のルールに一定の修正をほどこし、それが法律の改正にまで及んだ例であり、判例法理のいま一つの重要な役割を示している。

以上は法律の条文があっても判例法理の重要性は減じられないことを示す例であるが、法律が規制をしていない、本来の契約ルールについてはいっそう判例法理が重要な機能を果たすことは言うまでもない。たとえば、学生が就職のために企業の採用試験や面接を受け、採用内定の通知を受けてから卒業直前に内定を取消される例は後を絶たないが、このような場合に当該学生の被る不利益は甚大である一方で、企業側は自由に内定取消しが可能であるという意識が強く、紛争を惹起することも少なくない。この問題について最高裁(大日本印刷事件 最二小判昭54.7.20 民集33-5-582)は、採用内定通知とこれに対する誓約書等によって、解約権留保付始期付労働契約が成立し、採用内定の取消しはいったん成立した労働契約の解約であるとの判断を示した。そして、この場合の解約については、「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」との判断基準によるものとされたのである。また、勤務場所の変更を使用者が一方的に変更できるかどうか(使用者にいわゆる配転命令権が存するか否か)は、労働契約において勤務場所につきどのような合意がなされているとみなせるかによるが、これを判断するためには、当該労働契約の内容を詳細に検討し、配点命令権の根拠となる合意もしくはこれになぞらえうるものがあったか否かを分析しなければならない。最高裁はこの点について、配転命令権の存否とその濫用の有無に関するリーディングケースを提供しており(東亜ペイント事件 最二小判昭61.7.14 労判477-6)、以後はここで示された判断基準が定着しているのである。こうして、判例法理は個別労働紛争を解決するためのもっとも有力なツールとなっているといってよいし、今後もその役割の重要性は増していくであろうことが予測されるのである。以上のように、判例法理を理解する重要性はいくら強調しても足りないというのが日本の実情である。近い将来には民法の債権法が大改正されることが予想されるが、そのおりには民法の中の「雇用」に関する諸規定も大きく変わることとなる。労働契約法の改正も視野に入れれば、民法の雇用部分と労働契約とを統合した「雇用契約法」が制定される可能性も否定できない。いずれにせよ、労働契約に関する包括的な法律制定の道筋を整えるためにも、判例により形成されている個別的労働関係のルールを包括的に整理する本書の使命は、特に大きいといえよう。

4.未来の雇用社会へ

日本の雇用社会が大きな転換期を迎えている現在、判例法理の形成と進展とが果たす役割は、むしろ未来に向けた意義が大きい。それは、立法化の方向を見定めるという意味と、公正な社会規範の構築をうながすという意味において強調されるべきであろう。

第二次大戦後の雇用社会において判例法理の果たしてきた機能が、前述のように立法の不備を補い、契約の規範を形作ることにあったとすれば、法化社会への道を歩みつつある現在の日本では、特に労働法制の分野でこれまでの判例法理が重視されることになるのは間違いない。21世紀に入ってからの立法の傾向を見ると、派遣法や均等法、パート労働法、育児介護休業法など、男性が中心で長期雇用正社員を軸とした20世紀の日本型雇用社会にはあまり省みられなかった層を対象とした法律の改正と充実が目立つが、他方では労働契約法を始めとして公益通報者保護法や労働審判法、個別労働紛争解決促進法など、まさに判例法理の定着を前提とした新しい法律が次々と制定されていることに目を見張らざるを得ない。たとえば公益通報者保護法は、所属企業の違法行為に対して公益のために内部告発に及んだ労働者に対する法ルールの必要性を痛感させるような裁判例が相次いだことが制定の要因になったし、個別紛争に対する公的な解決機関の拡大は、法的解決によるべきトラブルが職場に少なくないことを認識させる諸判例の蓄積を踏まえて実現したものである。そして、改めて考えてみると、派遣法や均等法の度重なる改正も、実際にはその背景に判例法理による適正なルールの形成が控えているのであり(特に職場における男女平等の法理など)、判例法理は単に新しい法律の制定を促しているだけでなく、既存の法律のアップデートにも重要な役割を果たしているのであり、その傾向はこれからもますます強まるであろう。

また、日本の雇用社会は高度成長期には家族主義的な人間関係をよしとする気風が職場に蔓延していた。それはウエットで濃密な社内規範を生み出し、現在ならば違法ないじめ、セクハラ、差別とみなされるような行為も会社一家の繁栄のために黙認されるか、むしろ積極的に評価される事態を定着させていたといえよう。しかし、今後の雇用社会は、当該企業でのみ通用するような規範は企業の繁栄のためにもかえって障害となるし、国際的に普遍性を有するルールがどの職場でも基本となることが求められている。言うまでもなく、人権が尊重され、公正で透明な、社会的アカウンタビリティーに裏打ちされた社内規範の形成が不可欠となるのである。その場合、錯綜した複雑な人間関係や人事制度を前提としてどのようなルール、規範が妥当であるのかを示す最も有効なツールの一つが判例法理であるといえる。制定法は一般的で抽象的な表現をとらざるを得ないし、行政の指導は法的意義を直接には有し得ない。これに対して、様々な実際の紛争を素材として網の目のように形成されていく判例法理は、その基本的な内容や方向性が会得されるならば、公正で普遍性のある社内ルールの構築は極めて速やかに進展するであろう。

このように、判例法理を学ぶことは現在の諸問題を解決するためだけではなく、企業も労働者も、また労働組合や関係官庁にとっても、未来の雇用社会に適合していくための最優先の課題であるといっても過言ではないのである。

5.本書の使い方

本書はまず、個別的労働関係を、「労働関係法規の適用」、「雇用関係の開始」、「公民権・労働憲章」、「労働条件」、「人事制度」、「安全衛生・労災」、「就業規則」、「労働条件の変更」、「企業の再編・組織変更時の雇用保障」、「雇用関係の終了及び終了後」、「雇用平等」、「職場における人権」、「非正規雇用」、「外国人労働者」の14分野に整理し、それぞれの分野を大項目・中項目・小項目に分類し、本書の体系が一目で理解できるようにしている。一例をあげれば、賃金不払いの紛争について裁判例の動向を調べたければ、「労働条件」(大項目)分野の中の【賃金】(中項目)を調べ、通常の賃金であれば(13)賃金請求権の発生、(14)賃金の支払いの諸原則、(15)賃金の決定・変更、査定、(16)年俸制、(17)休業手当のいずれか(小項目)に、当該事案の解決に資する裁判例とその解説を見出すことになる。また、各小項目は、「ポイント」、「モデル裁判例」、「解説」の順に叙述されている。そこで読者は、「ポイント」において当該小項目のテーマにつき、裁判例の傾向は要するにどのようなものであるのかを把握し、「モデル裁判例」において実際に参考となる裁判例に接し、「解説」においてモデル裁判例を中心として裁判所の判断傾向をつかむことが可能になるのである。そして本書では、小項目ごとの叙述を必ず見開き4ページで収めるように留意した。この工夫が、読者の使い勝手を高めることを期待したい。なお、本書の内容に関する責任は、いうまでもなく一次的には担当した各執筆者にあるが、最後に野川が全項目の叙述を点検し、主として全体の整合性と体系性を維持することを目的として、大幅に手を入れさせていただいた。したがって、最終的には監修者である野川が全体の責任を負うものであることを付記しておきたい。

2009年1月野川 忍