労働政策の展望
企業のガバナンスと労働者の発言─産業民主主義への枢要な前進

小池 和男(法政大学名誉教授)

役員会への従業員代表の参加

中長期の課題として、労働者の発言、とりわけ企業の役員会への従業員代表の参加を提案したい。少数ながら複数の人数を考えている。

現下の議論からすれば、とんでもない提案であろう。いまの議論では、企業のガバナンスは株主重視が主流である。他方、それでは短期業績にふりまわされ、長期の競争力の低下のおそれがある。結局、その頼みの綱は、社外取締役、という議論であろうか。だが、はたしてそれが頼みの綱になるであろうか。社外重役を依頼されるほどの方の識見に、疑問をさしはさむものではない。だが、識見をいかす知識、それを収集する時間はいかがなものか。わたくしの知るかぎり、社外取締役は非常勤である。そしてまずその業種の知識はもっていないであろう。

というのは、同業の人物を社外取締役にいれては、その企業の肝心の秘密がもれる。もれるのをおそれるなら、役員会の議事は通り一遍のものとなる。実権は他の機関に移る。とすれば、非常勤でたまに参加する人物がいかに高邁でも、はたしてその企業に効果あるアドバイスや決定への寄与がどれほど期待できるであろうか。

米ではどうか。スタンフォード大のビジネススクールに声をかけられ、サラリーつきで授業をもったことがある。わたくしは当時の年齢からも、いわばベテランとしての処遇をうけた感触がある。わたくしの授業にも他の教員たちが参加した。

その折、あるいはいろいろなときに同僚たちに聞いたかぎりでは、社外取締役は社長CEOが「お友達」を選ぶのだ、という。そのお友達が社長の報酬をきめる委員会のメンバーなどになり、それで米大企業の社長報酬のおどろくべき高額の金額をきめる。逆にその社長はお友達の他社で社外取締役となり、そのお返しをする。その結果、国際相場をこえた異常な高額の報酬相場となるのだ、という。スタンフォードのビジネススクールの教員たちは、それぞれなんらかの形で大企業に関わっており、たんなるうわさ話とはとてもいえない。

そうした米の事情のみを重視して他の先行国を顧みないのは、日本にとって損失が大きすぎる。そもそも社外取締役を選ぶのは、おそらく日本でも米とおなじく社長であろう。なるほど常勤役員たちは実質的に社長が選ぶであろう。だが、従業員代表を選ぶのは社長では断じてない。従業員である。それが企業の長期の競争力をすくなからず高める。それをいいたい。それがこの文章の動機である。

「労使コミュニケーション調査」の個人票

はるか話はとぶが、1977年と84年に労働省の貴重な調査があった。「労使コミュニケーション調査」である。そこに注目すべき質問、回答がある。この調査はほぼ5年おきになお続いているけれど、貴重な労働者個人へのアンケート調査の質問からは、その肝心の質問がきえた。肝心の質問とは、企業の役員会への従業員代表の参加、それについての可否である。

まず労使コミュニケーション調査の性質、信頼性を説明する必要があろう。この調査は1972年からはじまった。ときにとぶが、ほぼ5年ごとであり、77年調査がもっともくわしい。この調査のすばらしい点は、事業所への質問票にとどまらず、別に個々の労働者にも聞いていることだ。77年調査は事業所規模100人以上に聞いた。事業所調査の抽出規模は大きい。1000人以上規模ではほぼ全数にちかい。100~299人規模でも10分の1~20分の1となる。さらに個人票は2万人におよぶ。労働省でもなければ、とうていできない調査であり、この労使コミュニケーション調査でも最大の規模である。

ここではとくに個人票をみる。まず直截に「あなたは会社の経営方針や経営状況を知りたいとおもっていますか」と聞く。じつに圧倒的多数が「つよく知りたい」と答える。そこでさらに「特に関心のある事情は」と聞く。「経営の現状および見通し」との答えが大半である。当然であろう。雇用の見通しがそこにかかるのだから。その高い関心をどのように経営側に伝えたらよいか。

ふたつの選択肢が抜きんで多くを集める。複数回答ではないのに、3分の2が「労使協議」と答える。さらに注目すべきは、「従業員代表の取締役会への参加」をほぼ6分の1が選択する。この数字はその質問の回答者ではなく(それならその質問に答えない人もあろう)、あえて調査対象者数を100としてわたくしが算出した。とすれば、まことにめざましい数値ではないだろうか。

当時、その方策をとる事例は、わたくしの知るかぎり、日本にはまったくない。のみならず、それを推奨する議論、いやそれをとりあげる議論もほんどなかった。いやむしろ左翼からの反感がつよかった。労使の別をあいまいにし、企業別組合によって企業一家主義をさらにつよめるのか、と。

にもかかわらず、これほどの支持が労働者にある。そしてつぎの84年調査も似た傾向をしめす。残念ながら、それ以後この調査はつづくけれど、この質問はきえる。この回答の意味を考えてみよう。

競争力を高める

それは基本的には企業の、したがって日本経済の競争力を高める、肝要な方策と考える。なぜか。その理由の全面的な展開をする紙幅はない。その要点を手短に、いわば例示風に記すにとどまる。

企業レベルの労働者の発言は、企業の生産性を高め競争力をつよめる。その理由は、まずは経験の深い労働者は企業の生産性を高める知恵がある。わかりやすいのは職場の工夫である。職場レベルの工夫でも企業の生産性をかなり高めるのは、ここでいうまでもない。経営側がまだ充分には対策をたてていないトラブルをこなす知恵などである。その生産性効果の推算の一例は、小池(2013、pp.128-131)に記した。経営側が充分には予期してないトラブルなどの存在は、それを否定すれば、経営側は全知全能だという想定、すなわち不合理におちいる。

それにとどまらない。企業レベルの工夫もあろう。たとえば、海外に工場をつくるとする(コンビニの店舗網、物流ネットワークの海外形成もおなじだが、いまは簡単化のため製造業に例をとる)。どの地につくるか。その地の労働者や管理者とともに働いた経験をもつ従業員や組合員もあろう。となりの国で働いた人もいるだろう。その地の労働者、管理者についての生きた知識がある。また、それをふまえて、どのような機械設備がその地に適しているか、そうした識見をもつ人もいるであろう。

企業レベルでの従業員代表や労働組合代表は、それぞれの専門分野でかなりの経験がある。また仲間から推されるほどの人なら、それなりの識見、知恵がある。あるいは個々の知恵をまとめる力もあろう。

ふつう、こうした情報は、経営側の「専門家」たちやコンサルタントがすでに深く検討し、計算してまとめる、とおもわれている。だが、その地の管理者や労働者の行動、またそれに適した機械設備の選択まで充分にわかっているだろうか。

あるいは、そうした情報は企業内の組織をつうじたルートで伝わっている、とみる。だが、海外で苦労した経験、情報、識見がはたしてどれほど経営で流通しているか。本人のくるしい経験は、品位が高く貴重な情報をもつ人ほど、愚痴としてあまりもらすまい。情報が伝わらないことも少なくないであろう。くりかえすが、企業組織は十全ではなく、経営者は万能ではない。

そうした労働者側の知恵は、経営側にたいする交渉力をたかめる。その知恵を活用しないと、それを活用する企業との競争に負けるからである。その交渉力をどう用いるか。もちろん、労働側はしめした知恵への見返りももとめる。同時に、長期の雇用の見通しも要請し、企業レベルでの経営への発言に活用する。

利益の配分は事実上役員会の決定である。常勤の役員たちは、長期の競争力、したがって長期の雇用にプラスする方針をだすだろう。そうした常勤役員層が役員会で少数派のばあい、その方針を従業員代表が支持できる。配当や賃金という短期の利にまわしすぎず、設備投資、研究開発、人材開発にまわすよう、意見をいう。少数派を多数派にすることができる。

西欧、北欧の経験

いまの日本の常識では、そんなことがあり得ようか、とおもわれるかもしれない。だが、それは半世紀をこえる西欧、北欧諸国の実際なのだ。ドイツは役員会への従業員代表の参加を1950年代初めからつづけてきた。そして70年代からは、それにつづく北欧、西欧の、すくなからぬ国の実態でもある。

もっとも経験の長いドイツではさまざまな調査があり、70年代の調査では、常勤取締役会という経営側の提示する投資計画にたいし、やや危険視し反対する外部役員層すなわち株主層があった。これに対抗し従業員代表が経営側の投資方針を支持することが検出されている(小池 1978、第2章)。

その後90年代以降をていねいにしらべた研究(Zugehoer 2003、風間訳)によれば、なるほどドイツも機関投資家が増大し、メインバンクが後退した。しかし、研究投資は減っていない。そのことを100大企業の計量分析によって見出した。さらに従業員側の発言が比較的つよい事例と逆の事例を対比し、前者ほどその傾向がつよいことを確かめた。発言のつよさは、同じ法律の下での企業ごとの慣行の差異から判断している。立派なことだ。それにしても、なぜ研究投資は減っていないのか。

従業員代表ともなれば、勤続の長い人が多く、長期の雇用を重視するのは、なにも日本ではなくとも当然であり、またその方策として研究投資の推進などがまことに肝要だ、と考えるのであろう。もちろん、常勤取締役も多くその考えで、それを従業員代表は支持する、という傾向がみられる。

このドイツの方策はドイツにかぎられるのではない。70年代から、まず北欧、ついで西欧に広がった。ドイツの経済実績がよいことが基盤であろうが、西欧、北欧に労働者政権が続々誕生したことも、あづかって力があろう。だが、それが継続するには、その方策の経済実績がよくなくては無理というものだ。ドイツの実績はいうまでもなく第二次大戦後をつうじ先進国のなかでよかった。

それゆえ、このドイツ方式は、欧州一般、すなわちEC、EUの方策として、すくなくとも提案として数十年くりかえされてきた。実現しなかったのは、英の反対であった。ここからいえるのは、米にとらわれず先行国をひろくみれば、ひとつの国際相場でもある、ということだ。

米のマイケル・ポーターの提案

じつはその米でも、この方策の提案がみられる。しかも米の代表的なビジネススクール、ハーバードにみられる。その看板教授、かのマイケル・ポーターの1992年の提案なのだ。かれの文章は米の経営の目玉雑誌、ハーバード・ビジネス・レビューに発表された。しかも、かれの文章は、ハーバード・ビジネス・スクールのスタッフによる18本の研究論文をふまえた、とされている。

その要点は、米企業の役員会に従業員代表もいれよ、との提案であった。従業員代表だけでなく、利害関係者代表をいれよ、との趣旨であった。その理由は90年代米経済の競争力に陰りがみえ、他方、独日経済の隆盛にあった。その陰りの原因は、企業の短期的な視野にある、と指摘する。短期の利を追いすぎ、その結果、配当をもとめすぎる株主たちの発言によって、研究開発投資がよわまった、というのだ。その対策として、長期の視野、長期の投資をもとめたのであった。企業は株主のものだけではない、利害関係者が大切だ、という主張である。もっとも、この提案はわたくしのみるところ、一顧だにされなかった。その後、米経済の「躍進」があり、独日経済がかすんだからだろう。

これをすこしひろい視野で考えてみよう。米の取締役会はいまや過半が社外取締役でしめられているらしい。この点のたしかな統計を、わたくしは寡聞にして知らない。つまり、米企業は実際上、二元制の役員会となっているのであろう。この点もよい研究を知らず確言できないけれど、まずそのように考えて大過ないか、とおもわれる。二元制とは上に非常勤中心の役員会、そこに常勤の社長など3、4名が入る─米の用語法では「取締役会(board of directors)」、下に常勤の役員会─執行役員会である。

二元制と一元制─国際相場の内容

二元制の典型とされてきたのは、ながらくドイツである。法律は明白に上に監査役会Aufsichtsrat、下に取締役会Vorstandをおく。日本とちがい、社長また常勤の取締役をきめるのは監査役会であり、かつ経営の最高方針をきめる。法律上、監査役会との訳は誤解をうむ。形のうえでは「最高経営会議」とでもいうべきだろう。だが、実際ははるかによわい。開催は1970年代で年4回、最近は2回制がふえたようだ。しかも全員非常勤である。経営の実権はまさしく常勤の取締役会にある。

うえの話は、ドイツの2000人以上規模の一般産業(鉄鋼、石炭は別で労働者の発言はもっとつよい)大企業で、ふつうの方式である。その監査役会のメンバーの半数は従業員代表、半数は大株主や社外役員などである。労使半数ではことがきまらない、という心配はない。議長は2票投ずることができる。このドイツの方式をもとに、ドイツで一段低い参加方式をEUが広げようとする。それは監査役会の3分の1を従業員代表とする方式である。のこる多数は大株主なり社外役員となろうか。

わたくしの提案は、このEUが推す方式をなぞっているにすぎない。もし役員会が一元制で取締役会だけなら、たとえば2人の従業員代表役員を考えている。重要な利害関係者の一部なのだから。そして、これが一種の国際相場だから。

おそらくこの提案を拒むのは、つぎのいずれかの既成観念であろう。企業一家主義の日本にさらに屋上屋を重ねるのかという議論、他は労資の対立こそという左翼思想の残滓である。いずれも根拠のとぼしい既成観念というほかない。

さらにこまかいことをいえば、従業員代表の非選挙権を勤続5年以上、選挙権を勤続1年以上、非正規、正規をとわない、と考えている。理由は、とにかく企業の仕事をあるていど知っている人に選挙権、かなり知っている人に被選挙権を、ということである。

老残者の妄言をあえてつけくわえれば、どうか既成観念にとらわれず、清新の気で研究を進め、政策を立案してほしい。前途有為の研究者に、米の専門誌の問題意識にとらわれすぎてテーマをえらばないでいただきたい、それを希求する。


参考文献

  • 小池和男(1978)『労働者の経営参加─西欧の経験と日本』日本評論社.
  • 小池和男(2013)「長期の競争,短期の競争─人材vs.ファイナンス 序説 長期の競争の重要性」『経済志林』80(4).
  • 小池和男(2014)「長期の競争,短期の競争─人材vs.ファイナンス(6)企業統治」『経営志林』51(1).
  • Porter. Michael(1992)“Capital Disadvantage: America’s Falling Capital Investment Systems,” Harvard Business Review, Sep-Oct.
  • Zugehoer, Rainer(2003), Die Zukunft des rheinischen Kapitalisumus: Unternehmen Zwischen Kapitalmarkt und Mitbestimmung,風間信隆他訳『ライン型資本主義の将来─資本市場・共同決定・企業統治』2008年,文真堂.

2015年8月号(No.661) 印刷用(PDF:604KB)

2015年7月27日 掲載

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