労働政策の展望
『働き方改革』が問う労使自治の再構築

山田 久(日本総合研究所理事)

1 「働き方改革実行計画」が問いかけるもの

現政権は「一億総活躍社会」をスローガンに掲げ、「働き方改革」をその横断的課題として位置づけてきた。そうしたもとで、本年3月28日に「働き方改革実行計画」が公表された。これを字面通りにとればかなり革新的な内容であり、これまでのわが国雇用社会に非連続的な変化をもたらす可能性を秘めている。なかでも目玉施策として取り上げられた「長時間労働の是正」および「同一労働同一賃金の実現」は、就社型の無限定な働き方[注1]を規範とするわが国雇用システムの正面からの見直しを要請する。それらは、実行計画報告書の表現を借りれば、「歴史的な大改革」ともいえるのだが、表立って強い反対の声は聞こえてこない。現政権の強固なリーダーシップが影響している面もあるだろうが、政府がこれらの「大改革」を進めることに大義名分があるからでもある。

過去20年間、わが国の雇用社会は様々な問題を抱えることになった。非正規雇用比率が大きく上昇し、正社員以外の形態で働く人々の属性が変化した。かつては学生アルバイトや主婦パート、定年後シニアの嘱託社員など、世帯主でない働き手が大半であったものが、学卒後正社員になれなかった若者、リストラに遭って正社員では仕事がみつからない中高年など、世帯主である非正規労働者が過去20年余りで倍増した。非正規雇用比率の上昇は、内外環境の激化・事業変化スピードの加速と相まって、正社員を中心とした基幹従業員の労働強化をもたらし、長時間労働による過労被害を質量ともに悪化させた。急速に進展する生産年齢人口の減少のもとで、必要性が高まる女性や高齢者の活躍が遅々として進まず、労働生産性の低迷が続くなか、名目賃金の下落・伸び悩み傾向が長期化していることも放置できない状況にある。これまで、わが国では賃金や労働時間など労働条件の決定は、個別労使の自主的な話し合いに委ねられてきた。だが、そうした「労使自治」原則が尊重されるもとでは、上記の様々な問題は解決されないどころか悪化を続けてきたわけであり、そこに、政府が主導する形の各種改革の取り組みが正当化される理由があるのである。

しかし、改革プロセスの政府主導が行き過ぎれば、様々な弊害が懸念されるのも事実である。例えば、今回の働き方改革の目玉施策の一つとされた「長時間労働の是正」についてみてみよう。言うまでもなく、「罰則付き時間外労働の上限規制」が導入されることは前向きに評価されるべきであり、画期的なことでもある。その一方で、これまでのわが国の雇用慣行や商慣行は長時間労働を前提としており、残業削減が「上からの押し付け」となれば、様々な副作用が生じる恐れがある。より具体的には、OJTに過度に頼らない能力開発の仕組みの構築や高生産性事業の絞り込みへの主体的な取り組みがなければ、人材育成がなおざりになるとともに企業業績が悪化し、かえって働き手の生活が不安定化する、あるいは、規制対象外の管理職の労働強化やいわゆる「風呂敷残業」が増え兼ねない。

もう一つの重点施策である「同一労働同一賃金の実現」も問題含みである。確かにそれは、長年非正規労働者の処遇改善が課題になるなかでも遅々として進まなかった現状を、大きく打破するのに有効なコンセプトと言えよう。半面、それがモデルとする欧州とは、仕事基準か人基準かという報酬決定の原理の面で大きく異なるわが国で、同じ制度をそのまま導入するには無理がある。もっとも、政府の基本方針は日本の実情を考慮して人基準の存続を許容するものと捉えられ、その点では妥当な判断である。注意を要するのは、企業の説明義務が強化されるとともに、不合理な待遇差の是正を求める労働者が訴訟を起こせる際の根拠となる規定が整備されることである。企業の説明義務は必要であるにしても、その求め方次第では恣意的な職務分離を進めることになりかねない。司法判断を求める際の根拠規定が必要なのも首肯できるものの、それが訴訟を頻発させるものとなれば、職場を混乱させて、企業にも働き手にも望ましいことにはならない。

2 企業別組合を前提とした「協調関係のもとでの労使自治」の意義と限界

このように、今回の政府主導の働き方改革は現場に大きな混乱をもたらし兼ねない要素を多分に含んでおり、企業にとどまらず、働き手にとっても内心反対という声が少なくないのが実情ではないか。面従腹背で嵐の過ぎ去るのを待つ、という向きもあるかもしれない。しかし、政府の問題提起は正論であり、人口減少・高齢化という経済社会基盤の激変を考慮に入れれば、対応を遅らせてしっぺ返しを受けるのは、むしろその労使であろう。象徴的な数字を示せば、従来、コア中のコア労働力として考えられてきた25~55歳男性の労働力人口は、2015年から2030年までに絶対数で413万人、率にして17.4%減少し、シェアでは約3割を占めるに過ぎなくなる見通しである[注2]。従来型の、これら属性の労働力による無限定な働き方に多くを依存する職場の在り方では、もはや成り立たなくなっていくのである。老若男女がそれぞれ能力を十分発揮できる環境整備が必要であり、それには、男女で家事や子育てをシェアし、体力の衰えたシニアでも基幹業務に就けられるように、残業を減らし、多様な働き方が公平に処遇されることが不可欠の条件になるのである。

こうしてみれば、政府が提起する方向での改革は必要だが、政府主導の改革では副作用が懸念されるという袋小路にあるのが現状だと整理できる。では、そうしたディレンマをブレークスルーする方策はあるのか。結論から言えば、それは新たな形で労使自治を再建し、あくまで労使主導の主体的な改革の道筋を拓くことに見出されるべきであろう。そもそも第二次世界大戦で焼け野原となり、無資源国という大きなハンデがあったにもかかわらず、二度の石油危機を経て、わが国が世界でも有数の経済大国に伸し上がることのできた重要な要因の一つに、協調的な労使関係を指摘することができる。敵対的な関係からパイの取り合いに終始するのではなく、パイの拡大のために協力していくというスタンスが、原油価格の急騰を契機に欧米先進国がスタグフレーションで苦しむ状況を尻目に、いち早く成長軌道に復帰することを可能にした。同時に指摘しておかなければならないのは、欧米諸国で採用された政府主導の所得政策を、当時、わが国はとらなかったことである。欧米では、強制的な賃金抑制政策が労働組合や企業の不満を高め、かえって経済・物価パフォーマンスの悪化をもたらした[注3]。これに対しわが国では、政府の直接的な介入は控えられ、あくまで労使自治の原則のもとでの自主的な賃上げ抑制策がとられたことが、経済・物価状況の早期の好転につながったのであった。

こうした協調的な労使関係は、わが国に特有とされる労働組合の在り方と無関係ではないだろう。それは言うまでもなく企業別組合という在り方である。欧米は産業別組合がベースにあり、労働者のアイデンティティーの拠り所は雇われている企業よりも、自分が属する産業別や職種別の労働組合にあるといってよい。そのもとで、技能形成は特定企業のものというよりも、特定産業や特定職種のものとして形成され、企業を跨ぐ労働移動も比較的スムーズに行われる。このため、労働者は企業に協力してパイを増やすよりも、すでにあるパイからできるだけ多くの配分を受けようと発想しやすい。これに対し、わが国では企業別組合であり、技能形成も特定企業内でのOJTを中心に行われ、組合員の企業間労働移動は少ない。つまり、企業が経営不振に陥ると元も子もなくなるわけで、それゆえまずは企業が成長を持続してパイを拡大することが、自分たちにもプラスになる。

こうした良好な協調関係のもとでの労使自治の尊重が、各企業に独自の技能形成の仕組みを発展させ、長期継続雇用を前提とした組織能力の伸長をもたらし、世界に類を見ない効率的かつ繊細で高質な製品やサービスを生み出す源泉になってきた。そうした意味では、企業内組合というあり方は、わが国産業の国際競争力と密接に関係しており、今後も基本的にはそれを保持すべきであろう。その反面、そのあり方の限界が露呈したのが、この20年間で様々に噴出してきた問題である。端的に言えば、正規・非正規格差問題は、企業内組合ゆえに多くが非組合員である非正規の処遇悪化への対応に及び腰であった結果の面が強い。正社員の雇用維持を最優先し、賃上げに消極的であったことが、労働生産性の低迷と賃金の下落基調を定着させる大きな要因になってきたことも見落とせない。

3 企業間の連携を強化した新たな労使自治の形

こうしてみてくれば、今後のわが国の雇用社会が進むべき方向性がみえてくるように思われる。それは第1に、政府主導・司法判断による雇用ルールの形成スタイルに180度転換するのではなく、そうした要素を加えつつも、あくまで基本は民間主体・労使自治による雇用ルールの形成スタイルを堅持することである。そのために今求められているのは、わが国雇用システムが様々な面で環境変化と齟齬を来していることを直視し、短期的な利害対立を超えて労使間で新たな雇用ビジョンについての共通認識を得ることである。それには、就社型の無限定な働き方のメリット・デメリットを整理し直し、どういった要素を残し、どこが問題でどう修正するかについて、労使が膝を突き合わせて議論することが不可欠なプロセスになろう。

第2に、企業内組合の現状維持でも産業別組合への転換でもなく、企業内組合の基本形を維持しつつも企業間の連携を強化する道である。そうした意味ではまず、企業別組合が、組合員だけでなく非正規を含む非組合員も含めた従業員全体の公正代表としての認識を強く持つことが出発点であろう。そのうえで、産業別組合が積極的な調整機能を果たすことを決意することが望まれる。それに呼応して、各企業も個別企業の枠を超えて、産業全体として海外と伍していくという発想から、企業間提携や事業再編をタブー視せず、思い切った連携を様々に深めていく必要がある。長時間労働に頼らない能力育成や職種転換、最新専門スキルの習得を円滑化するため、教育機関との連携を強化し、一企業の枠を超えた効率的な人材育成システムを創出することも求められる。そうした際に、業界団体が強力な調整機能を発揮することが期待される。

こうした動きが広がるには、労使ともに大きな意識改革が必要になるが、客観的な経済情勢がそれを後押ししはじめているように思われる。それは、かつてない人手不足が生じていることである。労働力不足が深刻化するなか、業務を少ない人員で回すには、非正規労働者も含めて人材育成を効率的に行うことが必要になっている。限られた人員で収益を増やしていくには、低生産性事業は整理し、各企業が高生産性事業に注力することが不可欠にもなっている。こうした環境のもとでは、従来の枠を超え、産業横断的に非正規労働者も含めて人材教育の仕組みを整備することの合理性は高まっている。産業内で企業間での事業の売買や連携を円滑に進めるために、産業内での人材あっせんの仕組みを強化するインセンティブも強まるはずである。

以上のように見てくれば、政府が行うべき政策の方向性もはっきりしてこよう。それは、法的規制の強化はあくまで抑止力と位置づけ、その一方で労使自治を促す仕掛けを講じるという方向である。その前提として求められるのは、わが国雇用社会の今後のあるべきビジョンを労使が共有することであり、そのためには政府が旗振り役となって労使代表および有識者を構成員とする国民会議を立ち上げ、いくつかの分科会を設けて一定の時間をかけて幅広く議論を行い、共通ビジョンを練り上げていくことが望まれる。さらに具体的な施策として提案したいのは、長時間労働の是正や同一労働同一賃金の導入を推進するにあたって、産業別の協議体をオーガナイズすることである。すでにトラック運送業では「長期間労働の改善等に向けたパイロット事業」として、業界、荷主、労使団体、関係省庁などが一体となった協議会が設置され、長時間労働の改善に向けた課題の洗い出し、解決手段の検討や実践を進める取組が行われている[注4]

もう一つ政府に求められるのは、非正規労働者を含めた形での集団的労使関係の再構築を進めることである[注5]。その一つの有力な方策は、欧州のような「従業員代表制」を導入することであるが、既存労働組合の役割との関係の整理が必要になる。私見では、非正規労働者も含めた公正代表義務を課した従業員代表制を導入し、既存労働組合にその役割を担う権利を優先的に付与し、わが国の労働組合がいわゆる正社員組合と揶揄される状況を完全脱却して、全労働者の代表として行動する方向での自己改革を完遂することを促すのが望ましいと考える。もっとも、この点に関しては、過半数代表者の複数化・常設化といった案など、複雑なメリット・デメリットを勘案した様々な考え方がある[注6]。いずれにしても、今回の「働き方改革」は、図らずも集団的労使関係の見直しの必要性を炙り出すことになった。これを労使が真摯に受け止め、従来の発想を超えて、非正規労働者の存在を明示的に組み込んだ、創造的な労使関係を構築していくことが求められている。


脚注

  • [注1] 日本型正社員の無限定性は、鶴光太郎・慶應義塾大学教授(例えば『人材覚醒経済』日本経済新聞出版社 2016年)や濱口桂一郎・JILPT研究所長(例えば『若者と労働』中公新書ラクレ 2013年)が詳しく論じている。
  • [注2] JILPT「平成27年労働力需給の推計」における、経済再生・労働参加進展シナリオの年齢階層別数字により算定。
  • [注3] 日本銀行「欧米諸国における最近の所得政策をめぐる動きについて」『調査月報』1977年4月号収載。
  • [注4] 第4回「仕事と生活の調和のための時間外労働規制に関する検討会」(平成28年11月15日開催)配布資料、資料2「長時間労働の指摘がある業種・職種の実態について(例)」。
  • [注5] 濱口桂一郎・JILPT研究所長も「同一労働同一賃金の焦点」(『賃金事情別冊 2017年版賃金労働条件総覧』収載)で指摘している。
  • [注6] JILPT「様々な雇用形態にある者を含む労働者全体の意見集約のための集団的労使関係法制に関する研究会報告書」2013年7月。

2017年9月号(No.686) 印刷用(PDF:657KB)

2017年8月25日 掲載

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