JILPTリサーチアイ 第20回
子育て世帯のディストレス

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企業と雇用部門 主任研究員 周 燕飛

2017年3月27日(月曜)掲載

1 「不確実性の時代」に生きる子育て世帯

深刻な少子化の進展に伴い、子育て問題に対する国民の関心も高まっている。出産費用のほぼ全額助成、乳幼児医療費の無料化、育児休業制度の充実、保育所の増設、病児・病後児保育の拡充、高校授業料の無償化等、子育て世帯に対する社会的支援も着実に強まる方向に進んでいる。しかしながら、今どきの子育てが昔に比べて「楽になった」、「ゆとりが持てるようになった」といったポジティブな評価は、母親からほとんど上がってこない。むしろ、過去にも増して、子どもの貧困、児童虐待、児童の孤食、女性の就業と家事育児の二重苦など、子育てを巡る社会問題が頻繁に取り上げられるようになった。

支援制度の有効性の問題はさておき、現代日本の子育て世帯は、将来の予見性と安定性の低い「不確実性の時代」におかれていることがその背景にあると考えられる。第二次世界大戦後から1990年代前半までの日本社会は、おおむね勤労所得が右肩上がりの社会であった。経済が成長し続ける見通しの中、終身雇用制度と年功賃金制度が雇用慣行として定着しており、雇用の安定性が高かった。しかし、バブル経済の崩壊をきっかけに、日本社会は1990年代後半から、所得停滞と雇用不安の高い社会へと移行し始めた。経済成長の黄金期の終焉に伴い、生き残りをかけた企業は、新規学卒者の厳選採用、非正規従業員の雇用拡大、賃金の抑制、年功賃金制度の見直し、中高年従業員のリストラ等の対策に相次いで乗り出したからである。

2 妻の労働収入はかつてないほど重要

厚生労働省「国民生活基礎調査」によれば、子育て世帯の実質総所得は、1997年の786万円をピークに、2000年にかけて大きく落ち込み、それ以降はおおむね700万円前後の水準で停滞状態が続いていた。直近の2015年では、子育て世帯の実質総所得は713万円となっており、ピーク時に比べて約1割下落している。ただし、一般労働者における平均所得の大幅な下落に比べて、子育て世帯の総所得は、良くも悪くも1割程度の下落に収まっている。専業主婦だった妻の労働参加は、子育て世帯の所得の減少をある程度和らげているからである。

JILPT「第3回(2014)子育て世帯全国調査」によれば、70.6%の子育て世帯において、妻が何らかの収入を伴う仕事をしている。有業妻のいるふたり親世帯では、平均的に家庭総収入の4分の1程度は妻の労働所得によるものである。妻の所得増減は、子育て世帯の総収入のアップ・ダウンを決定付けているといっても過言ではない。JILPTが行った子育て世帯の追跡調査によれば、総収入が10%超上昇したふたり親世帯の場合、妻の就業による年収は平均49万円増加している(JILPT2014)。一方、総収入が10%超減少したふたり親世帯の場合、妻の就業による年収は平均57万円減少している。

子育て世帯の経済的豊かさを保つために、女性の労働収入はかつてないほど重要になってきた。大部分の女性にとって、就業はもはや「Yes or No」というバイナリな選択ではなく、「When and How Much」という量的選択の問題である。それゆえに、子育て世帯のディストレス(苦悩)も増大している。

3 ディストレス(苦悩)はこうやって生まれた

女性は男性と比べて、パート等低賃金の仕事についていることが圧倒的に多い。パート等低賃金の非正規職は、都合の良い時間帯にきっちり働けるのが最大な強みとされてきた。しかし、そのメリットが近年失われつつある。人件費の抑制と複雑なアルゴリズム(algorithms)技術の普及が、その誘因にある。アルゴリズム技術の進歩によって、パソコンが迅速に消費者需要を予測し、人件費を最小に抑えるよう、スタッフの勤務時間表をJust-in-timeで作るシステムは、小売業、飲食業などサービス業界で浸透し始めている(Boushey2016)。Just-in-timeシステムの下では、労働者が自らの勤務時間を決める自由が奪われ、雇用主にとって都合の良いように、休む予定の日に出勤が要求されたり、出勤予定の日に仕事がキャンセルされたりするようなことがしばしば起きる。

また、女性労働供給の増加は、生産活動が1日24時間、週7日行われる、いわゆる「24/7経済」拡大に拍車をかけている。専業主婦であれば、従来の「8/5経済」 (1日8時間、週5日の生産活動)の範囲内で、さまざまな財やサービスを購入できた。一方、働く主婦の多くは、早朝、夜間や休日など通常勤務以外の時間帯でしかこれらの消費活動を行えない。消費トレンドの変化は、生産活動に大きな変化をもたらしている。もっともダイレクトな変化は、こうした「8/5経済」以外の消費活動の増加は、非典型時間帯の労働需要を増やしていることである。皮肉なことに、こうした非典型時間帯労働に従事する者の多くは、女性自身である。仕事経験の少ない女性ほど、非典型時間帯での就業しか選べないのが現状である。

4 ディストレスの中身に対する実証分析

労働政策研究報告書No.189『子育て世帯のディストレス』は、独自のアンケート調査に基づき、子育て世帯が直面するさまざまなディストレスの中身を分析した。

経済的ディストレスに注目した阿部論文(第1章)は、経済的貧困は離婚を誘発し、離婚はさらなる貧困を呼ぶという負のスパイラルの存在に注目した研究である。貧困と離婚の相関関係が、1時点データの分析のみで確認されているものの、経済的豊かさの喪失は、子育て世帯の家庭崩壊につながりかねないと、警鐘を鳴らしている。

子育て期の女性就業が一般化する中、内藤論文(第2章)、Raymo論文(第3章)と坂口論文(第4章)は、女性就業を巡るディストレスを分析している。そのうち、内藤論文(第2章)は、妊娠出産前後も働き続ける女性は、自分の母親(子どもの祖母)も子育て期に働いている確率が高いことを示している。Raymo論文(第3章)では、(子どもの)祖父母との「同居」のみならず、祖父母との「近居」も女性就業を押し上げていることが示されている。坂口論文(第4章)では、学歴の高い女性や専門資格を保有している女性は、出産前後の就業パスが傾向として「労働力群」に分類されやすいことが示唆されている。

女性就業の増加と子育て世帯の所得環境が厳しさを増している中、子どもの身に起きているさまざまな問題とその要因を分析しているのは、大石論文(第5章)と周論文(第6章)である。そのうち、大石論文(第5章)は、母親の夜間就業が子どもの学業成績に与える影響について注目し、横断面データの分析では負の影響が確認されているものの、3時点のパネルデータ推計ではその影響は顕著ではないことが分かった。周論文(第6章)は、近年相談件数が急増している児童虐待問題を取り上げ、母親のうつ傾向など病理的要因のほか、貧困などの経済環境も大きく関わっていることを示した。

5 処方箋を考える

では、子育て世帯のディストレスは、政策の介入によって解消可能なのか。万能薬のような処方箋はないものの、本報告書の分析によりいくつかの方向性が見えてきた。第1に、子育て世帯の税と社会保険料負担を抑えながらも、低所得世帯への生活再建支援を強化することで、その経済的ディストレスを緩和することが最重要課題である。生活再建支援の具体策としては、良質な職業訓練、学校卒業後のリカレント教育、再就職を目指す主婦のためのインターン制度の充実など、子育て世帯の「稼ぎ力」を高める施策が考えられる。第2に、母親の就業ディストレスと子育てディストレスを軽減することが急務である。具体的には、祖父母との「同居」や「近居」を阻む要因の除去、子育て期の職業中断という従来型の就業慣習を断ち切るための情報や両立レクチャーの提供、学校放課後の子どもに対する教育支援活動など取組みの充実が望まれる。最後に、男女の働き方の改革が必要不可欠である。男性は第1次(Primary)労働市場で家庭を顧みず働き、家事・育児を全て女性に押付け、女性は第2次(Secondary)労働市場でパートとして低賃金で働くという現状を打破することは、子育て世帯のディストレスの軽減につながるであろう。

参考文献

  • Boushey, H. (2016) Finding Time: The Economics of Work-life Conflict, Harvard University Press, pp.71-95